主に中1で初めて塾に通う子に起きやすいのは、成績の変化ではありません。
「勉強とは何か」という認識そのものが崩れることです。
小学校では、考えていなくても授業は終わります。
分からなくても時間は流れます。
宿題をやらなくても、その場は成立します。
言い換えれば、
思考が止まったままでも、学習という形だけは成立してきた、
…そんな経験を積んできた子が少なくありません。
塾に来ると、ここが一気に変わります。
自分が考えなければ進まない。
分からないまま座っていると、その時間がそのまま苦しさになる。
反復や思考を避けた瞬間、その日の学びは積み上がらない。
そこで初めて、多くの子が実感します。
勉強は、聞くことではない。
頭を使い続ける作業だ。
fabstudyでは、これは後退ではなく、
「勉強の正体を初めて正確に理解した段階」だと捉えています。
この状況は二つの比喩で説明できます。
一つ目は、
柿として育ててきた木に、急に梨を実らせろと言っている、という構図です。
考えなくても成立する世界、
やっている雰囲気で通る世界で育ってきた子に、
今日から「考えることが前提」「結果が前提」の世界に出ることを求める。
止まる方が自然だと、fabstudyは考えています。
もう一つは、
作業をしてこなかった人に、成果だけを求める世界に投げ込んでいる、という構図です。
準備も積み重ねもないまま、本番だけを要求される。
そこで動けなくなるのは、怠けや覚悟の問題ではありません。
そういう世界を生きる準備が、まだ整っていなかっただけです。
fabstudyでは、この段階そのものを問題とは考えていません。
勉強を軽く誤解したまま進むより、
重さや現実を一度きちんと理解できた方が、
その後の学習にとっては健全だと考えています。
ただし、この理解の直後は、
勉強だけでなく「塾に通うこと」自体が重くなることがあります。
勉強の正体を理解した直後は、問題の難しさとは別に、
「塾に行くこと」そのものが、
集中や消耗を思い出させる行為として感じられ、心理的な負担になることがあります。
この段階では、適切に支えていても一時的に距離が生まれることがあります。
そのためfabstudyでは、継続だけを前提にせず、再びつながれる設計を通塾の中に組み込んでいます。
この構図に当てはまるお子さんには、「どう伸ばすか」以前に「どう守るか」という視点を忘れずに接していきます。

