今冬もまた、オンライン塾が倒産しました。
コロナ禍で一気に火がつき、そして静かに消えていく。これは一時的な出来事ではなく、構造的な現象だと思っています。
コロナ期は「通わなくていい」「安い」「動画で完結」という利便性が評価され、オンライン塾は急増しました。参入障壁も低く、教材と広告があれば形だけは成立する。だから一気に増えた。
しかし数年経った今、生き残るところと消えていくところの差ははっきりしています。差は教材の質でも広告でもない。運用です。より正確に言えば、「伴走設計の有無」です。
そして今後、確実に増えるのはAI教材を併用した「放置運用型」です。これは経営として合理的です。人件費は抑えられる、スケールしやすい、説明もしやすい。「AIが教えます」と言えば成立するからです。
ここだけ見ると非常に優れたモデルに見える。しかし現場から見ると、ここに大きな誤解があります。
AI教材そのものは優秀です。むしろかなり精度が高い。
問題は教材ではなく、「子どもがそれを自力で回せるかどうか」です。多くの生徒は、問題文を読み、解説も読み、学習は進んでいきます。しかし、優先順位をつける、ミスの原因を言語化する、止まったときに再起動する、といった運用部分で止まる。
すると何が起きるか。学習時間は長いのに成果が安定しない。模試の点数が上がらないどころか、少しずつ下がる。「こんなにやっているのに」という状態です。これは努力不足ではなく、運用不在です。
AI教材+放置で成立するのは、すでに自走できる一部の生徒だけです。逆に言えば、自走前の段階の子に自己管理前提の仕組みを渡すと、高確率で空回りします。
表面的には「勉強している」のに、実際は同じミスを反復し、理解の浅い周回を続ける状態になります。これは外から見ると努力しているように見えるため、発見が遅れるのも厄介です。
もし当塾が完全な放置型だったら、ここまで現場は忙しくなっていません。実際には、手が止まる瞬間、分かったふりの解答、同じミスの反復を日常的に観察しています。
だからこそ、見るのは正答率だけではなく「回し方」です。どこで止まり、なぜ止まり、どう再起動するか。ここを設計しない限り、どれだけ優秀な教材でも結果は安定しません。
これからの塾選びで見るべきなのは、オンラインか対面かではありません。放置か、伴走設計か。その一点です。
市場は今後、「放置型の大量供給」と「運用設計型の少数」に二極化していくはずです。派手に見えるのは前者ですが、学習の安定性という観点では後者の方が再現性があります。AIを使うかどうかではなく、AIをどう運用するか。そこが本質だと考えています。




