「失敗してもいいじゃない」と思えるまで

ウチの塾は「解き方をおしえる」だけの塾じゃない。失敗を重ねるための塾でもあります。
難しくない問題で間違える。分かったつもりでテストを受けたら点数が足りない。立てた勉強の予定が続かない。…塾に通っているのにこんなことで失敗した!と思うと、話しづらいかもしれません。でも、塾ではそういう話を隠さずにしてほしいです。本人が困っていることを知らないまま、正解した問題だけを数えたくはありません。
その「隠さずに」が、まずノートで難しい。今年も去年も、中1は頑固な「ノートのミスは絶対に消すマン」です。間違えると、すぐに消しゴムで消してしまう。完璧主義に染まっているのか? …いや、消さなくてもバツを書いて下に続ければいいじゃない!? ノートは神聖で、ミスで犯すべからざるもの也? これには、私は激しく抵抗します。
でも、その子にとってノートのバツは、私が思うより重いのかもしれません。間違いを消して正しく書き直すことが、その子なりの「直す」なのかもしれない。「ミスを残して」と言われたら、「間違ったままにして」と聞こえるでしょう。きれいに仕上げたいのか、誰かに間違いを知られたくないのか、マルが欲しいのか。理由は一人ずつ違うはずです。数週・数カ月通っただけで、本音まで話してくれるとも限りません。
私には、間違えた式が残っている方が教えやすい。でも、それだけを理由に「消さないで」と言えば、先生のために嫌なものを残せという命令になります。その子が直したいと思っている気持ちも、ちゃんと受け止めたいです。私は、失敗したことを話してくれた生徒を、その場の正解だけで評価したくありません。どこまで自分で考えていたのかも、知りたいのです。
バツの下で解き直しをすれば、間違えた式の下に直した式が残ります。大人には小さな違いでも、いつも消してきた子には抵抗があるでしょう。一度説明すれば納得するとは思いません。「間違えても怒られなかった」「次の行で直せた」という経験を、少しずつ重ねてほしいのです。ノートのバツは、できなかった証拠で終わりません。
テストの点が足りなかったとき、悔しくて話したくない子もいるでしょう。勉強の予定が続かなかった子も、自分で決めたことを守れなかったと気にしているかもしれません。そこへ「もっと頑張ろう」とだけ言っても、次の日から何を変えればいいのか分かりません。テストの点や評定を軽く扱うつもりはありません。学校の授業は先へ進むので、失敗に気づいたら、何を取り戻せるか早く決めなければならない時もあります。戻るところや優先することを一緒に決めますが、先に欲しいのは、うまくいかなかったと正直に言える関係です。
歴史や理科でも、一度正しい用語を答えたら終わりとは考えていません。別の問い方をされたら言葉に詰まることもあります。そのとき「さっきはできたのに」と責められるより、「ここはまだ曖昧だった」と言える方が、もう一度考えられます。分かったふりをしなくてもいい。その上で、別の聞かれ方にも答えられたら、点数だけでなく本人の自信にもなるでしょう。
子どもには「失敗してもいいじゃない」と思ってほしい。でも、言葉で励ますだけでは信じられないでしょう。ミスを残したノートの下に、正しいルートに直した式がある。崩れた予定を組み直して、今度は続けられた。失敗した自分を隠さずに済み、そこからやり直せた。その経験を、塾で何度も持ってほしいのです。

